「いただきます」の本来の意味とは?語源と由来について

「いただきます」と「ごちそうさま」

これは言わずと知れた
食事の始まりと終わりの挨拶ですね。

昔の人の姿が目に浮かぶ
語源を持つ言葉です。

「いただきます」と「ごちそうさま」には
本来どのような意味があるのでしょうか?

今回は「いただきます」と
「ごちそうさま」の
由来についてお伝えしていきます。

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「馳走」とは駆け回ること

いただきます」の「いただく」は
「食べる」の謙譲語ですが、
もともとは「物を頭上に上げる」
という意味です。

最近、
この意味で使われるのは、
もっぱら「雪をいただく山」
といった比喩的な表現ですが、
本来は人が物を差し上げる動きを指す言葉。

そして、昔は高貴な人や目上の人から
物をもらった際、
それを両手で高く差し上げて

お辞儀をすることで感謝と畏敬の念を表す、
ということが広くおこなわれていたため、
目上の人から物をもらうこと自体も
「いただく」と言うようになりました。

ですから「いただきます」は、
単に「食べます」を敬語にしただけでなく、
「感謝の心とともに食べる」という
ニュアンスを帯びた言葉です。

ごちそうさま」の「ちそう」は「馳走」と書きます。
駆け回ることを表す言葉で、
そこから、客のために駆け回って料理を用意すること、
またそうやって用意した料理を「ご馳走」と呼ぶようになりました。

いまは意味が広がって「ぜいたくな料理」を指しますが、
「お疲れさま」「ご苦労様」と同様、
相手の状況を察していることを表す「さま」のついた「ごちそうさま」は、
もとの意味に立ち返って
「食事を用意してくれたこと」への感謝の言葉と言えます。

自然と湧き出ていた感謝

このように「いただきます」と
ごちそうさま」は、

食事の開始と終了を告げるための単なる
合図ではなく、
食べ物を口にできることについての感謝の
表明です。

日本人が世界に誇っていい
習慣だと思います。

ただ、特に「いただきます」については
誰への感謝を込めて言われるように
なったのかが明確でないこともあり、
「感謝の対象」は、いまも人によって
まちまちです。

料理を作ってくれた人、
米を生産してくれた人、
神様や仏様……。

食材となってくれた生きものを
挙げる人もいます。
ですから確たる信仰や思想の表れとして
論じることはできません。

が、この状況はこうした感謝が上からの
指導によらないことの証でもあり、
だからこそ素晴らしいとも思うのです。

心配なのは、
「誰への感謝か」という点で自信が持てないお父さんやお母さんが、
子どもに「感謝の言葉だよ」と教えるのを
ためらうことです。

できることなら、
この美しい挨拶の習慣は子孫へ引き継いで
いきたいもの。

ですから、
たとえ自信がなくても、
思うところを伝えてほしいと思います。

その感謝の対象が誰であれ、
きっと子どもの心に響く、
大切な話になるはずです。

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「いただきます」の語源

語源をもう一度おさらいしてみたいと
思います。

いただきます」の「いただく」は、
神様にお供えしたものを食べるときや、
位の高い方から物を受け取るときに、

頂(いただき。頭の上)に
かかげたことから、
「食べる」「もらう」の謙譲語として
「いただく」が使われるようになったことに由来します。

やがて、
食事を始める時に「いただきます
と言うようになり、
食事の挨拶として定着しました。

「いただきます」の意味

食事を始める時の「いただきます」には、
2つの意味があります。

1つ目は、
食事に携わってくださった方々への感謝です。

料理を作ってくれた方、
配膳をしてくれた方、
野菜を生産してくれた方、

魚を獲ってくれた方など、
その食事に携わってくれた方々への
感謝の心を表しています。

2つ目は、食材への感謝です。
肉や魚はもちろんのこと、
野菜や果物にも命があると考え、

「○○の命を私の命にさせていただきます」
とそれぞれの食材に
感謝することができます。

ふだん使い慣れている言葉でも、
その意味や由来を知ることによって
気持ちがずいぶんと変わってきますね。

中には、
給食費を払っているのだから
いただきます」を言う必要はないと
学校に申し入れる
親御さんがいるようですね。

また、
レストランなどのお店でも
お金を払っているのだから
いただきます」を言う必要はないと
考える人もいるようです。

どちらもお金中心の考え方で、
いただきます」の6文字に、
生きてく姿勢のようなものが
うかがえますね。

「ごちそうさま」の語源と意味

ごちそうさま」を漢字で表すと
「御馳走様」となります。
昔の時代は現代のように便利な冷蔵庫や
スーパーもありませんでしたから、
食材を揃えるのが、それはそれは大変なことだったと思います。

「馳走」とは走り回るという意味で、
食事を出してもてなすために奔走する様子を表しています。
「おもてなしの心」が根底にあるんですね!

そののち、
丁寧語の「御」をつけた「御馳走」に
もてなすという意味が含まれるようになり、
贅沢な料理を指すようにもなりました。

それに加えて、
いろいろ大変な思いをして食事を
用意してくれた人への
感謝の気持ちを込めて「様」
という言葉が付いて、

食事のあとに「御馳走様」
「御馳走様でした」という
挨拶をするようになった、
というわけです。

「行ってきます」と「行ってらっしゃい」

この機会に
もう1つ挨拶の言葉の由来について
お伝えできればと思います。

「ここに帰る」を確認し合う
家族の誰かが外出するとき、
多くの家で交わされる
行ってきます」「行ってらっしゃい」という挨拶は、

一見、どうということのない
やりとりのようですが、
実は大切な役割を果たしている言葉です。

注目すべきなのは、
「行く」ことについての会話でありながら
「戻る」ことについても
さりげなく触れているという点です。

そうかなぁと思われるかもしれませんが、
いま仮に、あなたが実家を出ることを望んでいる
若者だとしたら、
一人暮らしの部屋に移る時に、
行ってきます」とは言わないはずです。

いっぽう親御さんの胸に、
もっとあなたと一緒にいたいという
思いがあれば
行ってらっしゃい」と言いそうです。

それは「行ってきます」も
「行ってらっしゃい」も、
もとになっているのが

「行って来る」という言葉で、
この「来る」は
「戻って来る」ことだからです。

私たちが外出のたびに「行ってきます
行ってらっしゃい」と言い合うことは、
それとなく「ここに帰るよ」
「ここに帰ってね」と言い合うこと。
言い換えれば「私たちは家族だよね」という確認になっているのです。

挨拶自体が敬語になっている
また、
行ってきます」と「行ってらっしゃい」が
一対の挨拶であることも重要です。

これは、「ただいま」と「お帰りなさい」
にも言えることですが、
こうした一対の挨拶は、
それを交わす家族に「役割の交替」を
意識させることになるからです。

たとえば、朝は子どもが「行ってきます」の声とともに学校へ行き、
親は「行ってらっしゃい」と
見送ったけれど、

午後は親が「行ってきます」で子どもが
「行ってらっしゃい」、
そんな状況が頻繁に訪れます。

すると子どもは、
親が自分に言った言葉を、
今度は自分が親に言っていることを
なんとなく心地よく感じるのです。

それは、
少し大げさに言えば
「親になった気分」になれるからです。

そして、そうした「役割の交替」を感じる
経験を繰り返すと、
親子であっても百パーセントの
上下関係ではなく、

互いを支え合っている雰囲気が生まれ、
その空気が家族の信頼関係を
強めてくれます。

さらにもう一つ、
付け加えるなら、
行ってらっしゃい」は、

当たり前の挨拶でありながら
「いらっしゃる」という敬語を含む
優しくて温かい言葉なのです。

穏やかに言うことさえできれば、
笑顔や声の抑揚を伴わない
ボソッとした言い方でも、
家族への愛情を示すことができます。

仕事が忙しくて家での会話が少ない
お父さん、
反抗期の子どもたち、
家族の外出を見送る場面を
大切にしましょう。

感想

「いただきます」と「ごちそうさま」
という挨拶の言葉。

大人になると
なんとなくやり過ごして
きちんと言えてない時があったりします。

この記事をきっかけに
もっと感謝の気持ちを込めて
「いただきます」「ごちそうさま」と
言いたいと思いました。

そして「ごちそうさま」には
馳走する、駆け回るという
意味があったんですね。

普段レストランで働いている私は、
お客様をお料理でもてなすために
文字通り駆け回って馳走しているんだなぁ
と思ってしまいました(笑)

お金を払っているのだから
言う必要はないという考えもありましたが。

それはそれで一理あるようにも思えますが
働いている側としては
食器を片づけた時などに
「ごちそうさま」と言っていただけると
とても嬉しくなります!

私が客として行くお店でも
気持ちよくそう言えるように
心がけています。

ちょっとした言葉のやりとりですが
とても大切なことですよね♡

この記事が
皆様の日々の生活に
少しでもお役立ていただけましたら
嬉しく思います。

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